takulog

兼業SSW、宅嶋淳の徒然です。

2021年の終わり

ブログを書き始めて20年近くになるが、1年を振り返ったことがほとんどないように思う。

年末はそんな気持ちになれないほど予定が詰まっており、また振り返ると泣きたくなるようなことばかりやっている所為なのか。

 

しかし、今年は振り返る必要があるんじゃないか。

時系列は苦手なので事柄でまとめたい。

 

 

○新作CDの制作

先ずはこれだろう。

2020年秋から起案し、今年の2月から制作を始めた。

プリプロをやる予定だったが、予算不足で割愛し、うすぼんやりとした頭の中で立体的にする作業をし、断片的にメモを取るようにした。まわりから見ると阿呆そのものの所業。

なにより、heacon labo.の石橋さんがずっと好意的で「好きなようにやらんね」と言ってくれたのが大きい。阿呆に好きなようにやらせるということは膨大な後始末を引き受けるということでもあるからだ。(実際、ミックス作業で大きなご負担をおかけした)

また、友人達の支えのお陰で自らのエゴに押し潰されずに済んだ。

 

実はもう1作同時に作る考えがあり(チエルームの作品で感銘を受けた)、ラップのような歌と機械的な美音の組み合わせをベースに自分の声にグッと焦点をあてたアルバムを作りたかった。これは自分でプリプロが出来ないことと、お願いする予算が無いことで断念した。要は今風な都々逸だけど、音数を減らし、場面や言葉を絞り、声を頼りに作品の印象を広げたいと思ったのだ。そうすることで映像作家さんや舞踏などの他の表現と一緒にやれる機会が増えるのではないか、と考えるからだ。

きもいナルシストのなりそこないである俺ならではの愚案。

 

ともかく録音し、納品まで漕ぎつけた。

頭の中の音を形にする。

ライブ以外でその目標を達成したのは初めてだった。

 

 

○叔母の死と相続

親戚の中で最も厳しかった叔母が亡くなり、その厳しさと愛の恩恵を受けていた俺が十数名いる相続人の連絡役となった。

今考えれば成年後見人の方にお願いすれば良かったのだが、とにかくお金やモノの始末に厳しい叔母だったので、出来るだけ自分でやろうとした。その中で90年代のグランジやガレージロックに精通した司法書士さんと出会うことが出来、無知な俺をサポートいただき、なんとか担務を終えることが出来た。

 

公平に、拘泥せず、他人のために。

おそらく叔母が在りたかった精神に基づいて。イデオロギーに振り回されてしまった時期もあったけど、文学が好きな彼女は自費出版という形で晩年、作品を発表した。そこに洩れた原稿を俺に渡し「まだ書きたいことがあんのよ」と言っていた。わかるよ。

俺は自分の分と放棄を申し出た方の分と合わせて原資にし、彼女の精神が生きる法人を作ることにした。

 

 

○一般社団法人市民文化部企画推進室の設立

前段の叔母の経緯から社団法人を設立した。

とは言っても、実際に事業をやるには高い高い壁がある。なにしろ、仕事は他にやっている。

税務対策も考えて年内の設立にしたけれど、実績があるわけでもないので銀行口座すらまだ作れない(これには閉口したけど)。

市民文化部という名称は役所によくある部署の名称だ。

錯誤させるためにつけたのではなく、行政がやらないことは自分でやるべきだと思うからだ。

作品を残し、催事を支え、貧しくても文化が宿る人生を。

具体的には遺品整理、文書画像映像のデジタル化、催事支援を2023年からやっていこうと思っています。

来年はその試験運用。慎重にやる。

 

 

○また岡山へ

コロナ禍がいったん収まりかけたことで、イベント運営の仕事が復活。

バイトとライブだけでは食えない俺を企画仕事の発注で支えてくださってるN社長のおかげだ。

54歳のイベント屋なんて現場の邪魔でしかないと思いつつ、後任の方への繋ぎになればなとまた岡山へ。

後任を見つけることから始めなくてはいけないけれど、来年もおそらく頑張るはず。

 

 

○長男の結婚・長女の再起

酒を呑まないと会話がない家庭でお馴染みの我が家から早く自立していた長男が結婚した。

結婚式を思うように開催出来ないコロナ禍だったけど、トラブルにどう対処するかが人生の本番だと思っており、彼もそれは分かっていた。賢そうに振るまうところが鼻につくのは親だからだし、実際俺よりずっと賢い。そんな自分を忘れるくらい好きな女が出来たというのは実に素晴らしい。

兄以上に酒を呑む長女が一人暮らしからいったん戻ってきた。トラブルにどう対処するかが人生の本番だと思っており、彼女もそれは分かって・・・・・いるのかな。いるんだろう。社会で表現することは厳しく楽しいことだと胸に刻んで欲しい。何回でも再起動するもんなんだ、とロックンロールは教えてくれるし、歌を書いて人前でグッとくるやつを歌えるのだから彼女もロックンローラーなんだと先日思った。

 

心配しなきゃいかんのはいつでも俺のほう。

 

 

○普通免許(MT)

ようやく習得に至った。

結婚して早々に免許取り消しになって以来、20年振り2度目。

今まで何度、教習所に通いながらも挫折したことか。いや、通うことが苦手というか、我慢が出来ない自堕落な自分が足を引っ張っておったのだ。言い訳なんざいいわけない(5点)。

既に駐車場のブロックで擦ったりしているが、いちばん感じているのはミッション車が世の中にほとんどない、ということ。

岡山で街乗りする車を調達中だけど、軽のオートマしか予算が許さない。

だけど運転そのものはやっぱり好きなんだ。

 

 

○義母と義弟の引越し

広島の山奥に住んでいた二人がようやく引越しを決意したので、福岡に来てもらった。

義弟については社団法人でまたPRしていこうと思っているけど、スプレーガンとエアブラシで美しい絵を描く画家でもあるのだ。

評価される機会を作ることは自分の担務だと思っている。ブラザー。

 

 

○ツアー

いわゆるツアーミュージシャンの端くれとなった。

ただ、音楽で食べることは目的でもなんでもなく、俺の場合は「知らないひとに聴かせたい」ということだけで、その方法が旅ということ。目の前の一人に共鳴するか、その実験のような芸事の繰り返しだ。効率を考えるのは効果には遠回りで、とにかく受け入れてくれる場所と人と出会うこと。幇間は出来ないけど、もう一度会うための努力を惜しまないことは来年の課題かなー。記念写真やサイン等、出会った記録を残す大切さは理解できても得意ではない。でも決めつけず、やってできることはやってみるようになった。

今年は初めて東北や奄美大島へ行き得難い出会いがあり、それに自分がどれだけ勇気づけてられているかよくわかる。

 

出会うことが文化だし、毎回新たな出会いになるように、押しつけないように機会を得るようにしたい。

歌が趣味のおじさんでは立てない場所もあり、逆に興行と括るべきではない場所もある。

俺は趣味のおじさんと思われてもプロと思われてもどちらでもいい。

それは聴いた人が決めることだから。

準備だけはどっちも必要。

いずれにせよ、相手があっての物種だ。

 

 

2022年、か。

本当にすべてはアッという間やね。